今日は多摩美で最高のピンクを作ってしまいました。家で再現したかったけどもうこのピンクは作れないです。同じ赤と白を持っていないので。。。
夏らしくていい色です。
6月8日にエースを看取りました。エースくんは最後まで立派でした。
Twitterでは毎日エースくんの介護や日常を呟いていたからか、たくさんの方がエース君を見守って励ましてくださりました。とても感謝しています。
本当にありがとうございました✨
荼毘に付す前の時間にみなさんのコメントをエース君の隣で読みました。こんなにたくさんの人とエースは結ばれてたんだよと撫でながら伝えました。
その後業者の方に敷地内で火葬してもらいました。大好きなお花、サツマイモとリンゴ、「I love You」という版画作品、思い出の写真たちを持たせました。
急変してからちょうど1ヶ月でした。最後の1週間、完全に立てなくなってからは特に介護が大変でしたが世話がかかればかかるほどエースくんが赤ちゃんだった頃を思い出しました。そしてこんなに長い時間べったりと一緒に居ることができてむしろ幸せでした。
エース君は優しくて思いやりがあって穏やかでまったく吠えない省エネモードのお犬でした。でもピンポンがならず玄関やベランダのすぐ外で物音がするとスクっと立ち上がりウォン!!と一言吠えました。普段はまったく人にも犬にも吠えないからそういう時は私もびっくりしてました。(その時はガス屋さんやマンションの庭師でした)地震がくるとタタタッと駆け寄ってパッと私に背中を向けて守ってくれました。私が悔しかったり悲しい気持ちになって1人で泣いていると近くに来て私の手を両手で握りしめてくれたり膝に頭を乗せてスリスリして慰めてくれました。眠れない時は私の頬と首の間に自分の頭を擦り付けてギュッと抱きしめてくれました。つまりエースくんは優しいだけじゃなくて頼り甲斐のある犬でした。
24歳から35歳までの10年間を支えてくれました。特に大学を卒業してすぐの頃とても心細かった時、エースが居てくれたから孤独を感じず版画を頑張れました。
だから最後はエースの心配を取り除いて癌の苦しみから解放してあげたくて「大丈夫だよ」と何度も声をかけました。もっと一緒に居たかったけど、エース君は十分頑張ったから安心して楽になって欲しかったんです。
海に行って波を眺めたね。軽井沢に行ってアイスクリーム食べたね。流星群を見に夜中の公園へ行ったね。お花見してたらリスが居たね。ピクニックも花火大会もバーベキューも他にもエースくんとの思い出ばかりです。
一度ギャラリーにエースくんが在廊した日がありました。教えてないのにエースくんは仕事をきちんと分かってて、お客さまがいらっしゃるたびにお客さまのところへ行き挨拶をしてまた定位置に戻っていました。エースくんと一緒に働いた特に好きな思い出です。
いつかエースは死んじゃうってエースが赤ちゃんの頃から分かっていたことなのに、部屋にエースが居ないと辛いです。エースが居ないのにお庭のお花は咲くし、ヨバンは元気だし、普通に明日がきて私はついていけないです。「真衣ちゃん〜」と困り果ててるあの顔が見たいです。
私が悲しんでいるのをエースくんは望んでないことは知ってるけどどうしたって今は悲しいです。でも四十九日の頃にはエースを完全に安心させてあげたいと思っています。それが最後にエースにしてあげれる唯一のことだと思います。「エース君、大丈夫だよ〜!!エース君、可愛いよ〜!!」って毎日エース君のお骨に話しかけてきちんと夜に寝て版画を作ってやるべきことをやる。
エース君に関わって支えてくれた先生、トリマーさん、家族、友達、snsでエースを応援してくれたたくさんの方、本当にありがとうございました。またエースくんの事を書きます。